北へ。Diamond Dust ~Met in that day~

茜木 温子

“巡り会いの引力”

@

「卒業」



三月某日

函館のとある女子高の卒業式



「卒業証書授与」

立ったり座ったりするのもこれで最後ね・・・

教頭先生の声を聞いて少し安心した。でも・・・

これでもう卒業か・・・

そう思っていると、

「三年一組、茜木 温子(あかねぎ あつこ)!」

担任の先生の声が聞こえた。

「はっ、はいっ!!」

そうだった!私が最初に呼ばれるんだった。

何度も練習したのに・・・うかつだわ・・・

急いで立って壇上に設置された階段の前まで歩く・・・

確かここで来賓の人たちにお辞儀をするのよね。

心の中で確認して、左右の人たちにゆっくりとお辞儀をする。

頭を上げた後、壇上に立つ校長先生の方を向き、階段を上る。

これで高校も終わりなのよね・・・

どんどん実感が湧いてくる。たった数段の階段がすごく長く見えるわ。

軽くため息を吐いて、長く見える階段を少し急いで上っていたら・・・

「えっ・・・!」

階段に足を引っ掛けてしまった!

「きゃぁぁぁぁっ!!」

校章が描かれた台が見る見る迫ってくる。そして・・・



ゴンッ・・・・



台に頭をぶつけた音はマイクに拾われて、会場内に響き渡る・・・

静まり返る卒業式会場・・・・

「茜木さん、大丈夫ですか?」

校長先生がマイクのスイッチを切って、心配そうに聞いてきた。

「あっ・・大丈夫です」

頭をさすりながら立ち上がる。周囲の目が痛い・・・みんなが必死に笑いをこらえているのが後ろを見なくてもわかってしまう・・・

はぁ・・・とんでもない卒業式になっちゃたなぁ・・・



教室に戻って、クラスメートに散々笑われてから、トボトボと校門に向かって歩いていると、

「よっ!『いのししあつこ』」

聞きなれた声に振り返ると、見慣れた二人がこちらに近づいていた。

「卒業式にまで『いのししあつこ』を発揮しなくてもいいですのに」

もう一人が微笑を浮かべながら言った。

「ちょっと、旋花!杜宇子!そのあだ名は使わないでって言ってるでしょ!!」

この二人は、高校に入学してすぐに起こったある事件が元で友達になった二人で、先に声をかけてきたのが、立唄 旋花(たてうた せんか)、ショートカットのさっぱりした性格で運動神経抜群な頼れる存在って感じかな。

今も静かに笑っているのが、季村 杜宇子(きむら とうこ)、セミロングの髪に細かい装飾の入ったホトトギスの髪飾りを着けているのが特徴的で、いつも私に意地悪をして楽しんでばかりいるの。でも、困っているときはこっそり助けてくれたりして憎めないのよねぇ・・・

「まあ、いいじゃないか。おかげで思い出深い卒業式になったんだから」

不機嫌そうにしている私をなだめようと旋花が言った。

「良くないわよ!!おかげであの後、退場するときもものすごく注目されたんだから」

まあまあ、と手をかざす旋花に八つ当たりする私に杜宇子が、

「いつも言っているでしょう。温子さんは見た目が幼いのだから、せめて雰囲気だけでも大人に見えるように落ち着きなさいって」

「はあ・・・また日に油を注ぐような真似を・・・」

「杜宇子!!だれが童顔ですって!」

頭に手を当て、やれやれと首を左右に振る旋花から杜宇子の方に勢い良く振り向き、睨みつけると、

「あら、私は本当のことを言ったまでですわよ」

杜宇子は少しも動じずに、笑っている。

ううっ・・・やっぱり杜宇子には口で勝てない・・・よし!こんなときは、

「二人とも覚えてる?あのあだ名を言ったときは・・・」

「パフェをおごるんだろ?わかってるよ、温子」

「わかっていますわ。では、行きましょうか」

二人ともわかって言ってるんだもんなぁ・・・

先に行った二人を追いかけて校門に向かうと、

「ちょっと温子!!何やってるんだい!まったく、恥ずかしいったらありゃしない!」

スーツ姿の中年の女性がまくし立てるように言った。

「あっ・・お母さん!」

いつもは来ないのに何でこんなときばっかり来ちゃうかなぁ・・・

「こんにちは、早苗(さなえ)さん」

「こんにちは、早苗さん。もう少し温子さんをお借りしますね」

私に何か言おうとしたお母さんの言葉をさえぎって、二人がお母さんに挨拶をした。

「ああ・・こんにちは、旋花ちゃん、杜宇子ちゃん。こんな娘だけどこれからも温子をよろしくお願いするよ」

「ええ、任せてください」

「私達にとっても手間のかかる子供みたいなものですから」

旋花が冗談めかして言った。

「あんた達なら温子を任せられそうだね」

その言葉に旋花も杜宇子もお母さんも笑い出す。

「旋花!杜宇子!それにお母さんまで!何言ってるのよ」

「冗談に決まっているじゃないか。あはははは」

もう、お母さんたら・・・卒業式のことで小言を聞かされるよりはましだけど、何か気に入らないなぁ・・・



お母さんと別れ、三人でよく通ったトップスに行き、パフェを食べながら卒業証書が入った筒を見つめる。

「はあ・・・楽しかった高校生活ももう終わっちゃったんだ・・・」

パフェをスプーンでかき回しながらため息をつくと、

「何言ってるんだよ、温子!まだ若いんだからもっと先のことを考えなよ」

旋花がそう言いながら、スプーンで私を指す。

「そうですわよ!そんなおばさんみたいな考え方ですと、すぐに老けて童顔から老け顔になってしまいますわよ」

また杜宇子はそういうことを言うんだから・・・でも、

「そうよね、若いうちに過去ばかり見ていちゃいけないわよね」

「そうそう、その意気!まだ先は長いんだから」

「よし!がんばるぞ!」

ガッツポーズをして意気込み、気持ちを入れ替える。

「そういえば旋花と杜宇子はこのあとどうするんだっけ?」

私の問いかけに旋花が先に答えた。

「私は東京女子体育大学で勉強して、障害者スポーツ指導員を目指すんだ」

面倒見のいい旋花らしい目標だな・・・そう思うけど、

「じゃあ、内地に行っちゃうんだ・・・寂しくなるね」

「そんなに寂しそうな顔するなって、両親はこっちにいるんだし、休みになったらこっちに戻ってくるよ。そのときは、また今日みたいにパフェを食べよう・・・なっ?」

「旋花・・・そうだよね。一生の別れってわけじゃないものね」

「そうですわ。私もデザイナーになるために札幌に行きますが、こちらには時々帰ってこようと思っていますわ」

杜宇子のあっさりとした発言に、

「ええっ!杜宇子も函館から離れちゃうの?」

驚きを隠せず、大声をあげる。

「ええ、彼が札幌の会社に就職したので、付いて行くことにしたのです」

「彼って、あの赤い薔薇の?」

去年の夏にもう一つの寄り道スポットのハーヴェストで杜宇子に百本の薔薇を持って告白してきた人の顔を思い出す。たしか、真面目で硬物そうな人だったなぁ・・・

「もちろんですわ。あなた達は知らないでしょうけど、あれでもかわいいところがありますのよ。この前だって・・・」

ああ・・また始まっちゃったよ・・・杜宇子ののろけ話は長いのよねぇ・・・・

そう思いながら旋花の方を見ると頷いて、

「まあまあ、杜宇子。その話は後でゆっくり聞いてやるから、今はこれからのことを話そうぜ。三人で会う機会も減っちゃうんだからさ」

「仕方ありませんわね。でも、後でしっかり聞いてもらいますわよ」

「わかってるって」

ほんと、旋花がいると助かるわ。私じゃ暴走した杜宇子を止められないもの。

「さて、それで温子は・・・っと、家の仕事を継ぐんだったよな?」

旋花が一瞬ためらい、私に聞いた。

「ええ、そうよ」

「それは明日からすぐに仕事を始めるってことかしら?」

旋花に続き、杜宇子も私に問いかける。

「うん・・・」

その返事を聞いて、二人とも心配そうに私を見る。

「大変だな・・・春休みも無いなんて・・・」

「早苗さんも温子さんに少しくらい気持ちを整理する時間をあげてもよろしいですのに・・・」

「そんなこと無いって、お店の手伝いは昔からやっているし、お客さんが喜ぶ顔を見るのが一番の元気の素だから、全然平気よ!」

ちょっと暗くなったムードを吹き飛ばすように私は明るく言った。

「そうでしたわね。お客さんと話しているときの温子さんは本当に活き活きしていますものね」

杜宇子がそう言って微笑んでいると、旋花が突然立ち上がり、

「そうだ!!春休みの間、温子の仕事を手伝おう!杜宇子も一緒にさ?」

そんなことを言った。

「えっ!!・・いいよ・・二人とも引越しの準備とかあるんでしょ?」

思いがけない提案に驚いていると、

「私は構いませんわよ。引越しの方は彼に任せますから」

杜宇子がその提案に同意した。

「私の方は寮だから、そんなに持っていくものは無いんだ。だから、大丈夫」

旋花はもうやる気充分だ。

「もうっ・・勝手に話を決めないでよね」

「いいじゃないですか。これからは会える機会も減るのですから、それまで出来る限り一緒に楽しい思い出を作りたいと思うのは、親友として当然ではありませんか?」

杜宇子がそういうこと言うのって意外だわ。はじめて聞いたかも・・・・

そんなことを思っていると、

「そうそう!このままお別れなんて寂しいからな」

旋花が嬉しそうに言った。

そうよね・・・旋花の言う通りかも・・・

「うん、わかった・・それじゃあお願いしちゃおうかな」

二人に笑顔で答えた。



会計を済ませ、トップスから出るときに旋花が、

「明日は朝、早いんだろ?」

そう聞いてきた。

「うん、六時に開店だからその前に来て準備をしなくちゃいけないの」

「そっか・・・じゃあ今日は予定を繰り上げてカラオケに行こうか」

「そうですわね。ちゃんと寝ておかないと大変ですもの、予定を早めるのも仕方ありませんね」

予定?いつの間にそんなことを決めたの?私聞いてないわよ。

「ちょっとぉ!予定って何のことよ!」

二人の肩をつかんで問いただす。

「温子さんが教室でみんなにからかわれているときに旋花と今日は何をしようか話し合っていたのですわ」

道理であのとき二人がいなかったのね・・・いつもなら真っ先にからかってくるのに・・

「まあ、過ぎたことは気にするなって、ほら・・早く行こう」

思い返して立ち止まっている私を置いて二人とも歩き出した。

いつも二人に遊ばれてる気がするのよねぇ・・・そんなことを思いながら二人の後を追いかけて行った・・・



「楽しい思い出」


卒業式の翌日の早朝・・・函館の朝市にある茜木鮮魚店に向かって歩く・・

今日から私も社会人の一員なのよね・・・実感わかないなぁ・・・

社会人ってどういうものなんだろう・・そんなことを考えながら歩いていると、

「おはよう、温子」

「おはようございます、温子さん」

旋花と杜宇子の声に顔をあげると、いつの間にかお店の前についていて、そこに高校のジャージを着た旋花と杜宇子が私のほうを見ていた。

「おはよー!・・二人とももう来てたんだ。こんなに早くこなくてもよかったのに・・・」

シャッターを押し上げながら言うと、

「言い出したのはこっちなんだから遅れるのもどうかと思ってさ・・それにそんなに待ったわけでもないし・・」

旋花がそう言い、杜宇子も頷いた。

「それで?私達は何をすればいいのかしら?」

お店の中に入りながら杜宇子が言った。

「ちょっと待ってて、もう少ししたらお母さんが来ると思うから・・・」

そう言い終わった直後にお母さんがやってきた。

「おや、二人とももう来てたのかい。わざわざ手伝いに来てもらってすまないねぇ」

「いえ、そんなことありません。こちらの方こそ、迷惑をかけるかもしれませんから」

「短い間ですけれどもお願い致しますわ」

旋花と杜宇子がお母さんに挨拶をしていると、

「おっ!今日はべっぴんさんが二人もいて、ここも珍しく華やいでるねぇ」

頭にねじりはちまきを巻いた中年のおじさんがおどけて言った。

「ちょっと源(げん)さん!『珍しく』ってどういうことよ!」

腰に手を当て、源さんを睨みながら言うと、

「そういえば、うちにも活きのいいのが一人いたなぁ・・すまねぇすまねぇ」

源さんはそう言って豪快に笑った。

「ねぇ、温子。この人は?」

旋花が源さんの方を見ながら聞いてきた。

「源さんっていってね。うちのたった一人の従業員なの」

私の返答に旋花は不思議そうに首を傾げる。

「源さんでいいの?フルネームは?」

旋花の問いに、そういえば私もフルネームを聞いたことがないわねぇ・・と思っていると、

「おっとお二人さん!そんな野暮なこときいちゃいけねぇぜ!俺のことは源さんと呼んでくれ」

芝居がかった口調で源さんが言った。

源さんはお父さんが亡くなってからずっとお店で働いてくれていて、源さんいわく『おまえの父ちゃんとは親友でよぉ・・昔受けた恩に答えるためにこうして働いているのさ』だそうで、魚をさばくのがものすごく上手だから、もしかしたら板前をやっていてその時にお父さんと知り合いになったのかなぁ・・と勝手に思っている。

「はぁ・・そうですか・・・立唄 旋花です。よろしくお願いします」

「私は季村 杜宇子です。よろしくお願いしますわ。源さん」

旋花は変わらず不思議そうな顔をしながら、杜宇子は全然気にしていない風に源さんに挨拶をした。

「おう!よろしくな旋花ちゃん、杜宇子ちゃん。これからもうちの嬢ちゃんをよろしくたのむぜ」

源さんまでお母さんと同じこと言うのね・・・そんなに私、頼りなく見えるのかなぁ・・

「それじゃあ、全員揃ったことだし、そろそろ始めようかね」

お母さんがパンッ、と勢いよく手を叩いた。いよいよ社会人になっての最初の仕事が始まるのね・・よし!がんばるぞ!

「二人は温子と一緒に仕入れた魚を受け取りに行っておくれ」

二人にゴムエプロンを渡しながらお母さんが言った。

「はい!まかせてください」

「がんばりますわ」

旋花も杜宇子も意気揚揚と答えている。

「温子、大丈夫だね?」

「大丈夫に決まってるでしょ!毎日やっているんだから・・じゃあ行こっか?」

頷く二人を見て、港の方へ歩いていった。



その後も私がお客さんの注文を受けて、旋花が私の指示した魚介類を袋に詰め、計算の得意な杜宇子が会計をして、余った時間は三人でおしゃべりをして楽しかったし、とても助かったわぁ・・・

そんな風に楽しく仕事をして数日が経ち、いつものように三人で仕事をしていると、

「やあ、温子ちゃん。お久しぶり」

仲の良さそうな夫婦が私にそう言った。

「あっ!仲都(なかつ)さん、お久しぶりです。今年も蟹でいいんですよね」

「ああ、よろしくお願いするよ」

初老といった感じの面影がある男性・・・良平(りょうへい)さんがゆっくりと頷いた。

「あら!温子ちゃん。一年経っただけなのにずいぶん綺麗になったわねぇ・・見違えちゃったわ」

良平さんの隣で深子(みこ)さんが穏やかな笑顔を浮かべて言った。その言葉に私は顔を真っ赤にして、

「そんなことないですってば」

お届け伝票をばたつかせた。そんな私を仲都さんは穏和な笑顔で見ていた。

「えっと・・送り先はいつものところでいいですか?」

「うん、よろしく頼むよ、温子ちゃん」

会計を済ませて、仲都さんはお店を後にした。

「ねぇ、温子。あの人達と知り合いなの?」

旋花が遠ざかる仲都さんを見ながら聞いてきた。

「ええ、そうよ。仲都さんは毎年、結婚記念日になると新婚旅行で来た、函館のここのお店で蟹を買っていってくれるの」

「そうなのですか・・・本当に仲の良さそうな夫婦でしたわね。私もいつか彼とあんな風になれたらいいですわね」

杜宇子が祈るように手を組みながら、空を見上げ惚けたように言った。

「そうだね。ああいうのを見ると憧れちゃうね」

旋花もうんうんと何度も頷いた。

「そうよね。大好きな人といつまでも仲良くありたいよね」

私も頷いた。その言葉に杜宇子が、

「お二人はその前に相手を見つけなければなりませんわね。特に温子さんみたいなおてんばな人は大変でしょうけどね」

私の方だけを見て言った。

「ちょっと、杜宇子!」

腰に手を当て、杜宇子を睨むと、

「うふふ・・それはさておいて、がんばってくださいね。応援しますわ」

意に介さないで、微笑んで言った。

さておいてってどういうことよ!私にとってはどうでもよくないわよ!

訝かる私をよそに、二人は笑い続けていた。



楽しい時間って、あっという間にすぎちゃうのよねぇ・・・

そう思いながら足を止め、函館空港を見上げる・・・

「どうしたのですか、温子さん?・・・ほら、早く中に入りましょう。旋花さんが待っていますわよ」

空港から入り口に立って私のほうを見ている杜宇子に視線を移す・・・杜宇子の肩には少し大きめのバッグがかけられている。

四月になり、とうとう旋花と杜宇子との別れの日が来てしまった・・・

先に旋花を見送った後、杜宇子を駅で見送ることになっている。

高校のときはあたりまえのように一緒だった二人が遠くに行ってしまうのはやっぱり寂しい・・・

自然と顔が俯いていく・・・

でも、こんなことじゃ駄目よね!ちゃんと二人を見送らなきゃ!

自分にそう言い聞かせ、顔を上げて歩きだす。

空港に入ると旋花と杜宇子が並んでこっちを見ていた。

「お待たせー!」

精一杯の笑顔を浮かべて元気よく言った。

「遅いぞ、温子!」

旋花が腰に手を当てながら言った。荷物を持っていないところを見ると、もう搭乗手続きをすましたようだ。

「ごめん・・・」

顔の前で手を合わせて謝る。

「まあそんなに気にしなくてもいいって・・・それよりも、これからお互い離れ離れになっちゃうけど、私も杜宇子も必ずここに帰ってくる。なっ!杜宇子?」

「ええ、そうですわ。そのときはまた三人でパフェでも食べに行きましょう。そうでしょ、温子さん?」

「うん!高校のときのように三人でおしゃべりしようね」

そんなことを話していると、空港内に搭乗を促すアナウンスが流れる。

「おっ・・もうこんな時間か・・そろそろ行かないと」

旋花が言って、三人は搭乗口に向かった。

もうお別れなんだ・・旋花ともしばらく会えなくなる・・・

割り切っているつもりだったけど、そう思うと自然と表情は曇っていき、ため息がこぼれる・・・

「まったく・・温子らしくないぞ!」

旋花が私の肩を鼓舞するように強く叩いた。

「でも・・・」

「でもじゃない!杜宇子も私も寂しいのは一緒なんだから・・」

旋花が一瞬、寂しそうな顔をしたけど、すぐに笑顔になって、

「そういうときは無理してでも笑顔で見送るもんだ!別れたときに見た顔が悲しそうな顔だったりすると、次に会うときまで相手の印象が悪くなるだろ?」

そう・・そうだよね!・・次に会うときまで笑顔の私を覚えてもらった方がいいに決まっている。

「そうだよね。旋花の言うとおりだよね」

私は満面の笑みを旋花に返す。

寂しくないといえば嘘になるけど・・それでも私の笑顔を旋花と杜宇子に覚えていてもらわないとね。

「旋花・・がんばってね」

「旋花さん・・お体には気を付けて下さいね」

「ああ!お互いがんばっていこうな」

旋花は頷き、搭乗口に入っていった・・・・



旋花を見送り、今度は杜宇子を見送るために函館駅の改札口の前まで来た。

「もうすぐ温子さんともお別れですか・・・やっぱり寂しいですわね」

杜宇子が発車時刻の表示された電光掲示板を見上げながら言った。その表情には深い愁いが含まれていた。

あんな顔の杜宇子を今まで見たこと無い・・やっぱり杜宇子でも別れは辛いのよね・・でも・・

「ほら、杜宇子!旋花が言ってたでしょ!別れのときは悲しくても笑うもんだって!」

杜宇子が私の方を振り向いた。その顔はさっきと違っていつもと同じ微笑を浮かべていた。

「あら、私は悲しいなんて思っていませんわよ。ただ、これからはいつものように温子さんをからかえなくなるのが少し残念かしらね」

「何もこんなときにまでそんなこと言わなくてもいいじゃない!」

高校生のときはいつも杜宇子にはいつも意地悪されていた・・いざそれが無くなると、何だか自分の心に穴が開いたような感じがする・・・

「杜宇子の意地悪もしばらく聞けなくなるのかぁ・・毎日のように聞いていたから無くなると少し寂しい気がするかも・・・」

その言葉に、杜宇子がすかさずに言った。

「それでしたらこれからも毎日、温子さんにお電話で言って差し上げようかしら?」

「遠慮しておくわ・・・少し寂しいだけで、ホントはせいせいしているんだから」

「それはとても残念ですわ」

まるで高校にいたときのようなやりとりに自然と笑みがこぼれる。

でも、そんな時間も終わりが来てしまった。

「もうこんな時間ですわ。そろそろ行きませんと・・」

杜宇子は腕時計を見ながら言った。

「そっか・・それじゃあ、またね」

「ええ、またお会いしましょう」

杜宇子は少し急ぎながら改札口を通り、ホームへと向かっていった。



二人の見送りが終わり、函館駅の前をゆっくり歩きながら一緒にお店で仕事をしていたときのことを思い出す・・・

本当に楽しかったなぁ・・こんなにいい思い出を作れたのも二人のおかげなんだよね・・・

旋花は寮に引越しするための準備を削ってまで・・・

杜宇子は先に札幌に行った彼氏と一緒にいたいはずなのに・・・

それでも二人はそんなこと、まったく顔にださないで一緒にいる時間を作ってくれていた・・・その気持ちがとても嬉しかった・・

「ありがと・・・旋花、杜宇子・・・」

私は空に浮かんだ二人の別れの笑顔を見上げながらつぶやいた・・・

つづく